アンティーク姉弟+クラウス
「げっ」
どんと目の前に置かれたものにミステルは思わず品のない声を漏らす。
正午すぎのいつもならお昼ご飯となる時間、他の料理が出来るより早くミステルの前に置かれたガラス製のお皿には、緑に赤、白、黄色それぞれのものがみずみずしさを誇っていた。
野菜だ、ミステルの天敵と言ってもいいほど嫌いなものの一つ。しかも火を通したものでなく素材そのまま活かしたサラダである、本能的に目をそらせたくなる。
「…これをどうしろと?」
わかりやすく整った眉を歪め、恨みがましくそれを置いた姉の顔を見上げる。
すると、まさににっこりという表現が似合うような笑顔な姉の、自分と同じ色の紫瞳とがカチリと合った。
「こぉら、そんな顔しないの。ちゃんとお野菜食べないと健康に悪いでしょ」
それに、野菜の好き嫌いは昔から感心しないなと私も思ってたのよ。
野菜嫌いが体に良くないのは、ミステルにもわかっている。
しかし頭ではわかっていてもやはり嫌いなものは嫌いなのだ。
百歩譲って食感は許せても、どうも味が好きになれない。
ぐぬぬ、と机の上の物体を睨みつける。
(あらあら、時間はかかりそうね)
普段大人びた言動を見せる弟の幼さ残る部分に思わずふふっと笑ってしまう。
さて、と残りの料理の調理にかかろうと腕まくりをした所に、家の扉のノック音が下から聞こえてきた。
「二人ともいるか?お邪魔するぞ」
低く篭った声が聞こえた。姉弟の家の近所に住むクラウスだ。
年も近いこともあってイリスと話も合い、弟のミステルも入れて三人で一緒にいることが暫しあるため、こうして家に訪れてくるのはそう珍しくない。
調理の火を止め二階から降りる階段からイリスはそっと顔を覗かせる。
「あら、クラウスいらっしゃい」
「ん、この匂い…昼ご飯中だったか、すまないな。出直して来ようか」
「なぁに言ってるの、今更気を遣わなくていいのよ」
それもそうかと頬をかいたクラウスは階段を上がり、ひょいと居間に顔を出す。
「あ、クラウスさん、こんにちは」
フォークを置き、ミステルは席を立つと嬉しそうな顔でとててとクラウスに近付く。
その様子に思わず顔を綻ばして、自身のちょうど胸辺りにある金髪の頭を撫でる。
「ああ、こんにちは。食事中すまないな、構わず食べてくれ」
「いえ…」
どこか言いにくそうに口ごもるミステルに首を傾げてイリスを見やると、彼女はうふふと口に手をあてながら笑っていた。
「今ね、この子は苦手な野菜に奮闘中なのよ」
「なるほど、そういえばミステルは野菜が嫌いだったな」
収穫祭の時の苦虫を潰したような表情のミステルを思い出して、イリスにつられるようにクラウスもフッと笑ってしまう。
「…笑わないでくださいよ」
むすっとした表情で居心地悪そうに目線を落とすミステルに、クラウスはもう一度頭を撫でてやる。
「そう、拗ねるな。笑ってすまなかったな」
「…拗ねてません」
どう見ても拗ねている、そう言えば彼はさらにヘソを曲げてしまうだろう、可愛い弟分をいじめるのは楽しいがしすぎは良くないと口を噤む。
「そういえばクラウス、あなた何か用だったのかしら?」
「いや、対した用じゃない。今夜、三人で食事をしないかと誘いに来ただけなんだ」
クラウスの言葉にぱっとミステルが顔を上げる。
「お仕事、落ち着いたんですか?」
「ああ、久しぶりに三人で食べれないかと思ってな」
「勿論、私はいいですよ。姉さんは?」
「私も大丈夫よ、空いてるわ」
ここ最近はお互い忙しく一緒に食事が出来ずにいて、仕事以外で会っても軽い会話をする程度だった。
それでなくとも普段時間帯が合わず同じ屋根の下に住む姉弟ですら1人で食事をすることは多い。三人での食事は各々の楽しみの一つでもあった。
久しい食事に一瞬にして明るい顔になったミステルに今度はイリスが頭を撫でる。
「ふふ、でも今はちゃんとお野菜食べなさいよ?」
「う…」
「それでは、こうしよう。ミステルが野菜をちゃんと食べきったら今夜はミステルの好きなものにする。それならいいだろう?」
クラウスの提案に渋っていたミステルがコクコクと頷いて、クラウスの座る椅子を持ってきて席につかせると、ゆっくりゆっくりと野菜を口に運び出した。
やっぱり、不機嫌そうな顔ではあるのだが。
「そうだ、クラウス。あなた、お昼は食べたの?せっかくだし食べていきなさいな」
調理を再開させたイリスが思い出したように振り返ってクラウスに尋ねた。
「食べては来たが…そうだな、少し頂こうか」
断ろうか迷ったところで、ミステルと目が合い同意する。すると、ようやく猫のように人懐っこい笑みを見せてくれた。
よほど1人の食事は嫌らしい。それか単に、見られながら食事するのに少し恥ずかしさを感じていたのだろう。
(これからも暇さえ出来たら誘ってやるかな…)
もごもごと同じく出された野菜を食べながらクラウスはぼんやりそう考えた。
-Fin-
ミノリちゃんが来る結構前の話でした。捏造過多。ミステル君が幼くなってるのは彼に夢見ているせい。