吐く息は白く


チハヤ*アカリ



「ねぇ、その格好寒くない?」


 突如かかった声に、チハヤは足を止める。
 声のした方に顔を向けると、大人しいベージュ色のコートに口元が隠れるほどのマフラーを巻いているアカリが立っていた。機能性を重視する傾向がある彼女にしては珍しく重装備である。
 こちらに近付いてくるそんな彼女の姿を眺め、そして、チハヤは彼女のマフラーに目を止め、後悔した。


(へぇ、なんだ、そういうこと…。)
 彼女が首に巻いているのは男物のマフラーだった。

「……君は雪だるまみたいで随分とあったかそうだね」
 質問の返答の代わりに彼女を皮肉ってみる。が、しかし当然アカリに嫌味など通ずるわけもなくて。

「寒いの?マフラー貸してあげようか?」
 なんて少しズレた反応が返ってきた。
 相変わらずの彼女に対してチハヤは不機嫌を隠せず、ため息をそっと吐いた。
「何言ってるの。そのマフラー、君のじゃないでしょ」
 どうして他の男が彼女を想って巻いたものを自分が巻かなければならないのか。
 きっと無意識で言ったのであろうが、生憎チハヤの精神には大きなダメージにしかなり得なかった。

 チハヤの言葉にアカリはわかりやすいくらい驚いた顔をしてみせた。図星ということだろうか。
 だんだんその表情を見ていると腹が立ってきて罵りの言葉を浴びせようとチハヤは口を開いたが、アカリの笑い声がそれを邪魔した。
「…あははっ違うよチハヤ。このマフラー、ユウキのだもん」


 ユウキはアカリの兄だ。確かに言わらてみればユウキがそんなマフラーを巻いていたような気もする。

「は…」

 てっきりアカリに好意を寄せる男が寒がる彼女にマフラーをしたのかと思い込んでいた。

「なーに、嫉妬したの?」
 悪戯げに瞬いたヘーゼルの瞳がチハヤを覗き込むように見上げてくる。
 咄嗟に、違うよと否定しようと口を開きかけ、吸った空気をゆっくり吐き出した。
 おそらく彼女は少しからかおうと思って言っただけ。

 それならば、自分も同じように冗談を装って本音を重ねてみたらどうだろうか。

 きっと彼女は困るに違いない。

「ああ、そうだよ。僕は君にマフラーを巻いた相手に嫉妬したんだ」

 ゆっくり紡いだ言葉が白い息と共にゆっくりと空中に広がった。
本心を口にするのがこんなにも緊張するものだったとは。



「へ………?」
 案の定、肯定されるとは塵ほどに思っていなかっただろう彼女がポカンと口をあけて驚いている様子が目に入る。
「君が僕の事で何も手に付かなくなったら、許さなくもないよ」


 だから、早く好きになってね。

 そっと付け加えた言葉は、静かに降る雪に似つかわしいほどの小さな声だった。
 それでもちゃんと彼女には聞こえたらしく、驚きでだんだんだんだん紅くなっていく。

ーーその顔、ちょっと色っぽくもないこともないよ。
 口で素直で言った分、心の中ではちょっと毒づいてみせる。
 寒さなんか忘れてしまうほど自分の胸も高鳴っているというのに。


「…いつまで突っ立ってる気?」

 未だ微動だにしない彼女に思わずクスりと笑うと、ちょっと不満そうにでも恥ずかしそうに顔歪めて彼女は小さく「馬鹿」とだけ漏らしたのだった。




- Fin -

10000hit企画のリクエスト「チハアカ」でした!
特に指定はなかったので好きに書かせていただきました。笑
アカリに翻弄されまくってるチハヤって、とても可愛いよねという話。
チハアカは雪似合いそうという完全に私の趣向に走った形になりました。
ちなみに私の住む場所は雪積もらないので雪に対して多大なる夢を描きながら書きました。
雪国は、スキーとかウィンタースポーツをしに行くのはいいけれど住むとなれば厳しいでしょうね。
企画ご参加ありがとうございました!