釣りた釣り人と釣られたい魚


タオ*ヒカリ


 さらさら さらさら
 揺れる並みに太陽の光が反射して水平線の向こうがキラキラと輝く。
 透き通った海は少し淡く、空の色によく似ていた。

 パステルシアンの優しい青色。
 見た人の心を和ませる。

 そんな海の青や空の青さに似た短髪が、海から吹く潮風によってふわりと揺れた。


「タオさん」
 海に釣り糸を垂らすその背中に声を掛けると、ゆったりとした様子で人好きしそうな優しい笑顔がこちらを向いた。
「ヒカリさん、貴女を待っていましたよ」

 穏やかな声がいつもの謳い文句を口遊んだ。
 この爽やかな仮面からちらりと覗く素の彼が何とも魅惑的に思えて。

「失礼します」
 無意識に誘われるがままに足を歩ませていた。


****


「今日、釣りの方はどうですか?」
「とても良い方ですよ。不思議な事に、近頃よく魚が釣れるようになったんです。こうして時折、私の側にヒカリさんが居るからでしょうねぇ」
 本人がその意図は無くともそうサラリと添えられた何気ない言葉に、ヒカリは頬が紅くしてドキリとしてしまう。
「…きっと魚がよく釣れるようになったのは、タオさんの魅力に魚が気付いたからですよ」
 私のように。
 そう付け加えようとして、手前で言葉を切る。
 何度か繰り返したその作業に飽き飽きしながらも、今日も口から続きを言う度胸は無くて。
「おや、それは嬉しいですね」
 ふふふ、と笑った彼につられて微笑むのが精一杯だった。
「でも、私が本当に釣りたいものは、まだ釣れてないのですよ」
 そう悲しげに言う彼が珍しくて、ヒカリはその横顔を見上げる。
「本当に、釣りたいもの…?」
 復唱するかのように口にすると、彼のいつもの優しげな糸目がうっすらと開かれ、こちらを見た。
「……はい、協力してくださいますか、ヒカリさん」
 真っ直ぐ見つめるその瞳が水面の光の反射で、ちろりと緑っぽく輝いて真剣そのものを訴えてるようだった。
「えっ…!…私で…、よろしいのですか…?」
 思わぬ誘いに、声がひっくり返りそうになる。
 釣りに関してはさっぱりというほどでもないが、他にもっと頼れる人がいるだろうに。
「はい。ヒカリさんがいいんです。それとも……お嫌でしたか?」
 キッパリそう言い切ってから彼は少し眉を下げた。
 ヒカリはそんな彼の言葉に熱が頬に集まるのを感じながら、ぶんぶんと音が鳴るくらい首を横に振った。
「いえ、とんでもない!むしろ嬉しいですっ!」
 嬉しさのあまり、普段でないような大声が出ていて。
 恥ずかしくて思わず目を逸らすと、頭上でクスクスと彼が笑った。


 ポチャン
 唐突に海面から水音がしたかと思うと、彼の竿が歪曲に曲がる。


「タオさん!竿っ!引いてます!」
「ふふふ、わかってますよ」
 おっとりとした口調でありながら、彼によって手際よくリールが巻かれていく。



 和みだったパステルシアンが、刺激となって胸の高鳴りを加速させる。



- Fin -


初タオヒカでした〜!実は好きなんですよ、この二人