出来たての恋心とシナモンロールを君に


チハヤ×アカリ
※2021/04/24 orange lampで出した本のサンプルです。(通販については上部のメニューのOFFLINEにて)
※ユウキとアカリが十歳差の兄妹関係
※チハヤとアカリにも十歳差有
※現パロ


 思えば、物心がついたときから、アカリはお兄ちゃんっ子だった。
『アカリ! ぼんやりしてると、おいてくぞ!』
『あ、まってよ、おにいちゃん!』
 十も年が違ううえに、アカリが七歳のときに両親を事故で亡くなったこともあって、親代わりに育ててくれたことが大きいかもしれない。とはいえ、父というには、軽薄で飄々としたところが目立つ兄であったが。
 見た目も中身もだらしなく、お調子者で、嘘を付くのも上手い兄は、子供の頃から何度もアカリにホラ話を語った。

『知ってるか、アカリ』
 兄、ユウキはいつだって、そう言ってから嘘を付く。
 近所の山を探検していたら、隕石が落ちてきた話。隣の家のアヒルは夜になると狼になる話。宇宙人と実は友達だ、なんて話もあった。
 子供ながらに、いつか、宇宙人が友達のお兄ちゃんを迎えに来るんじゃないかと、夜になるたび、空を見て動くものがあると慌ててユウキに抱きついていたものだ。
『ありゃ、飛行機だ。心配ないよ、アカリ』
『ほんとう?』
 そのときの兄は、普段と違ってとても優しい声でアカリの頭を撫でてくれたことをよく覚えている。

 他にもたくさん嘘をついた兄であったが、その中でアカリが一番好きな話は、ユウキだけ『実はコロボックルという妖精が見える』という話。
 コロボックルとは、人の言葉が話せる、手乗りサイズの小さな妖精。
 一番元気でみんなのリーダーである赤色のコロボックルの名前がアラン、明るくてお笑いが好きな黄色の子がコロンで、お昼寝が好きな緑色の子がダナ、しっかりもので頭がいい青色の子がベンで、泣き虫が紫色のエッジ。
 アカリの傍から離れないのが、一番幼いコロボックルのフィンだそうだ。
 お前そっくりのおマヌケさんだと言われて、むくれたことを覚えている。
 そんなコロボックルの話は日常生活でも、『お兄ちゃん、今、ダナは何をしているの?』『ダナは相変わらずお昼寝してるぜ、まったく羨ましいやつだ』なんて風に、ユウキとの会話で何度も出てきた。その話を聞くのが楽しくて、アカリもコロボックルが見てみたくて仕方なかった。
 さすがに今は信じていないが、それでも、兄が度々アカリにコロボックルについて話をする。
『友達と喧嘩したんだって?』
『なんで知ってるの』
『フィンがお前を心配しているぜ』
『……うそ』
『本当だっつの。お兄ちゃんが嘘を言ったことがあったか?』
『もう、よく言うなぁ』
 あはは、と泣きそうだったくせに、気づけばアカリは笑っていた。
 お調子者で嘘つきで、喧嘩だって頻繁にするけど、兄のそういうところが大好きだった。

 元々両親がしていた農業を兄妹二人で引き継いでの生活は、あまり贅沢はできなかったが、とても楽しいものだった。両親がいない悲しさがなかったわけではない。それでも兄も同じだけ悲しいことを知っていたから、悲しんでばかりもいられないと思えたのだ。


 そして、アカリが十九歳になった今も、相変わらず兄がアカリの生活の中心人物だ。
 おかげで、アカリの友人たちには、決まった心配をされる。
『お兄ちゃんお兄ちゃんって、あんた、このままじゃ、結婚できないわよ』
 すぐ話に兄のことを交えるせいか、アカリはたとえ誰かと付き合うことが出来ても、その先がないのだ。
『君の話はお兄さんのことばかりだな』
 そんな台詞で、つい先日フラれたところだ。
 所謂、ブラコンの類に入るアカリには、正直なかなか応えた。しばらく、恋愛なんてコリゴリだと、少しやけ酒をしてしまったくらい。

 だけど、仕方ないじゃないかとも思うのだ。
 アカリにとって、兄が唯一の肉親なのだから。
 今更、兄以外の人間が、家族の輪に入る様子なんて、想像すらつかない。


 兄のユウキも同じことを考えてくれているのだと、アカリは勝手に思っていた。
 思っていたのに。




 日差しが暖かくなりだした冬の終わり。
「アカリ! ただいま、帰ったぞ!」
 夕方になって取り込んだ洗濯物を畳んでいるときに、ユウキの声が玄関から聞こえ、アカリは出迎えるように玄関に向かった。
 裏手の洗濯物も取り込んでもらおうと思ったからだ。
「お兄ちゃん! おかえ……り………?」
 だが、その兄が目を瞠るほどの美人を連れてきていれば話は別である。

 絵本の中から飛び出してきたと思えるほど、長い睫毛とクリクリとした大きな葡萄色の瞳に、春を思わせる淡いピンクブロンドの短いふんわりと跳ねる髪。
 表情の乏しさも相まって人形を思わせ、兄がコロボックルを見えると言ったように、自分にもとうとうお話の世界の住民に出会ったのかと錯覚しそうだった。
「えっ誰、このお人形さん」
 動揺のあまり、アカリはつい思ったことを口にしていた。その“お人形さん”がしっかり眉を寄せ、人間らしさが出てきたところで、アカリは自分の失言に気付いたが、時既に遅し。
「はははは! 人形! 確かにな!」
「ユウキ……なに、この、君に似て失礼な子供は」
 見た目の想像より遥かに低い声が、不機嫌を隠さずにアカリを咎めた。女性の低い声というにも低いため、どうやら性別は男性であるらしい。
「う、ごめんなさい……」
 一瞬、兄の新しい彼女かと思った意味でもアカリは謝った。素直に謝罪され、気が削がれたのか、彼は肩をすくめる仕草をした。
「別に」
 随分とそっけない許しの言葉だ。


 そんなお人形さんのような彼の名前は、チハヤというらしい。
 兄の高校時代の悪友で、シェフとして自分の店を持つべく、現在は店舗探し中で、元々は都会でシェフとしてそこそこ名が知れた人だったそうだ。
 昔からチハヤの料理の腕を買っていたユウキは、うちの町に来いよと声をかけ、店舗が決まるまではうちに泊まっていけとやや強引に連れてきたらしい。荷物もボストンバッグ一つと身軽だから、男一人増えたとて客室でも使わせたら嵩張りもしないはず。

 などという情報は、全て兄の口から説明されたことだ。本人は自分の話にすら興味がないのか、本日我が畑で採れたばかりの野菜を手にとって眺めていた。

「って、待って! しばらく一緒に暮らすってこと!?」
 本人には聞こえないように、しかし抗議のために必死で兄に詰め寄るも、ユウキは何が問題あるというような顔をした。
「ああ、だからそう言ってんだろ。まぁ見つかるまでだから、長くても半年くらいだろうよ」
「お兄ちゃん、あたし、仮にも年頃の娘なんだけど」
「なんだよ、昔から友達泊めたりしてたじゃねぇか。ちょっと無愛想だけど、居候中はうちの仕事も手伝ってくれるし、住み込みバイトが来たと思えばいいだろ?」
 な、とユウキはなだめるようにアカリの頭をぽんぽんと雑に撫でた。話は終わりだと言いたいらしい。
 なんとも勝手な話だ。せめて、妹に相談してから決めるべきことだと思うのだが。
 いや、アカリだって困っている友人に手を差し伸べたいという気持ちはわかる。わかるが、その前にアカリも乙女なのだ。
 兄と同級生ということは、アカリとは十歳は違う計算にはなるが、それでも他人の男が家にいるなんて、ブラコンであることより更に印象が悪い。

(フラれた後で良かった……)
 などと、初めてフラれたことに、ほっとしてしまったほどだ。



※サンプルはここまで



2021/04/24のチハアカオンリーのオンラインイベントにて出した本でした!
ブラコンにしたかったがあまり、年の差が生まれてしまいました。うっかり。
通販については上部メニューのOFFLINEにてどうぞ。